「マクナマス氏行状記」(吉田健一)

マクナマス氏の背後に透けて見える作者の素顔

「マクナマス氏行状記」(吉田健一)
(「日本文学100年の名作第5巻」)
 新潮文庫

日本に住み着いている
マクナマス氏は、
自宅に開いた英語塾の生徒から
授業料を取るだけでなく、
洋書を不当な値段で
売りつけたり、
架空の団体への寄付金を
懐に入れたり、
怪しげな金儲けが得意だった。
そして戦争が終わると…。

このマクナマス氏、
このように書くと何か問題の多そうな
人物のように思えます。
英語塾でさえ、
英語オンリーで授業を進めている
(現代であれば高等教育では
奨励されているのですが)のですから、
眉唾物です。
教材の高額販売や寄付金の横領など、
現代の法律からすると
明らかに詐欺です。
しかし良く読むと、
誰もそれによって
気分を害してはいません。

集まった生徒の家庭は
みな富裕層であり、
本気で英語を習得しようと
思っていません。
英語塾に通っているという事実や
雰囲気が必要だったのです。
また、教材や寄付についても、
高尚なことをしている、
いいことをしている、という
気持ちに浸ることが重要だったのです。
戦前のマクナマス氏は、
そうした富裕層の日本人の心理を
上手にくみ取っていたのです。

では戦中はどうか?
彼の国籍がエストニア
(戦時中はソ連に併合、敵国扱いに
ならない)だったため、迫
害されることもなく、
それどころか軍部に近づき、
やはり「おいしい思い」を
しているのです。

では戦後はどうか?
今度は外国人(というよりも白人)が
神様のように扱われ、
いろいろな会社の重役に
名前を連ねたのです。
またまた「おいしい汁」を
吸っているのかと思えば、
「会社がばたばた潰れて行ったのを
 マクナマス氏が見事に切り抜けた」

つまり実業家としての手腕を
発揮しているのです。

事実だけを追うと
「不良外国人」そのものなのですが、
決してそうではなく、器の大きい
人物であることがわかります。
描かれているマクナマス氏の、
何とも憎めない人間性こそが、本作品の
味わいどころといえるでしょう。

さて、本作品の作者ですが、
吉田健一と聞いてピンとくる方は
決して多くはないでしょう。
こうして小説を
書いているくらいですから
作家であることは間違いないのですが、
それ以前に英文学者として
(ポーデフォーなど、
優れた翻訳を残している)、
さらにそれ以前に吉田茂の息子として、
名を残した人物です。
父に吉田茂、
曾祖父に大久保利通を持つ
政治一家に育っていながら、
ひたすらダンディズムに
遊んでいたという人物評があります。
日本を、そして戦後を
醒めた目で冷徹に見つめていたという
点に於いて、
マクナマス氏は吉田が自身を
モデルにしたもの、
もしくは架空の人物に
自身を強く反映させたもの、とも
考えられます。

昨日まで「鬼畜米英」だったのが、
今日は「ウエルカム」
「ギブ・ミー・チョコレイと」一転した、
日本人の変節ぶりをあざ笑ったような
作品ですが、それ以上に、
マクナマス氏の背後に透けて見える
作者自身をかみしめるのが、
本作品の正しい味わい方だと考えます。

(2021.11.20)

mhougeによるPixabayからの画像
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